コラム

2025年11月28日 22時48分08秒 (Fri)

居合の歴史

【居合道の歴史】
居合の黎明
居合は、約450年以上の歴史を持つ日本の伝統武術です。林崎甚助重信(はやしざき じんすけ しげのぶ)によって創始された「抜刀術」が起源とされています。
室町時代末期(永禄年間)、出羽国(現在の山形県村山市)の林崎甚助重信が、林崎明神(現・林崎居合神社)に祈願・修行し、「抜刀術」の極意を体得したのが始まりとされています。甚助は自らの流派を「林崎流」または「夢想流」と名乗りました。この林崎甚助の編み出した抜刀術は、刀を鞘に納めた状態(居)から、敵の不意打ちなどに対して即座に抜き放ち、攻撃・防御する技術(合)として、多くの武士に伝わっていきます。
居合は剣術の裏芸などともいわれるようになっていきます。
 
居合流派誕生の時代
その後、江戸時代まで、多様な居合抜刀の流派が林崎流から誕生派生したり、独自に編み出されたり、様々な流派(古流)が生まれました。
主な流派として、無双直伝英信流、伯耆流、田宮流、無外流などが現在まで伝わっています。 無外流の誕生は元禄時代1693年です。剣禅一如を掲げる剣術流派としての誕生ですが、無外流の流祖である辻月丹資茂(つじ げったん すけもち)は、自鏡流の創始者である多賀自鏡軒盛政から直接居合を学んでおり、その技術は初期から併伝(一緒に伝えられること)されていました。そのため、自鏡流居合は無外流居合と呼称されていきます。
 
 居合武道への転換
身分である武士階級とその精神および行動の規範となる武士道において、歴史上の大きな転換が訪れます。明治維新後の廃刀令(帯刀禁止令)です。映画ラストサムライにドラマチックに描かれている時代です。
武士階級は消滅し、武士の武芸全般が衰退しました。
しかし、日本各地に武士道の精神は残り、有志によって技術や精神は継承され、現代の日本武道に至る道筋は継続されていました。日本刀も戦備として残り、それを用いた戸山流抜刀術が陸軍戸山学校に生まれ、現在に至っています。素晴らしいことです。

しかし、大東亜戦争の敗戦により、連合国軍総司令部(GHQ)によって武道は一時禁止され、再び憂き目にあいます。
その後1952年の講和条約発効に伴い解除され、ここから現代武道としての居合道が発展していくのです。
その歴史は「古流居合術」の時代から、「武道としての居合道」へと移行し、広く人間形成の手段としての武道が進化していきます。
現代では日本のみならず、世界へと伝播し多くの居合道修道者を育んでいます。
術から道を伴った居合道への変遷の歴史です。
 
現代居合道の発展
1954年 全日本居合道連盟が発足しました。戦後最も早く古流各派により結成され、
全日本居合道連盟 は居合道専門団体としては最も古い歴史を持ちます。現在も全国に支部・道場があります。
1956年には全日本剣道連盟に居合道部が創設され、剣道と同様の段位称号制が導入されました。 最大の居合道組織となります。
その後も、多くの団体や会派が立ち上がり、現在の居合の普及につながっています。
ちなみにNPO全日本伝統居合道連盟は2006年の発足で、古流会派の組織です。
 
以上、居合道全体と一部傍流の歴史を短くダイジェストしてみました。
当コラムに限らず、各流派や各団体による意見や情報発信が多くありますので、より多く情報に触れていただきたいと思います。
 
無外流居合兵道眞傳會 神崎龍閲